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松山地方裁判所 昭和29年(行)5号 判決 1955年1月27日

原告 藤尾末治

被告 別子山村議会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告議会が昭和二十九年三月二十四日原告に対する議員懲罰としてした除名決議の無効なることを確認する。訴訟費用は被告議会の負担とするとの判決を求め、請求の原因として原告は昭和二十八年九月以来被告議会の議員として村政に参画中のものであるが、

(一)  被告議会は昭和二十九年三月二十四日開催の村議会本会議において、左記の事由、即ち国有林問題は本村経済自立の上の重要問題であり村議会並に国有林特別委員会においてその譲受方針を決定し未だ折衝中にも拘らず、原告は議員及び国有林特別委員であり乍ら発起人の一員となり、町村合併問題と称し村の鉱夫以外の失業対策計画のため国有林払下げに関する印刷物を村民に配付し、村民誘導の挙に出たことは村政を濫りに攪乱し、且つ国有林譲受け折衝に重要な影響を及ぼす事態に鑑み、議会は特別委員会を構成しその代表者を派遣し、右取消と反省を求めたがこれに応じなかつたとの理由により、原告に対し議員懲罰として除名決議をし、右通知は同月二十五日附を以て原告に送達された。

(二)  而るに地方自治法第百三十四条には「普通地方公共団体の議会は、この法律及び会議規則に違反した議員に対し、議決により懲罰を科することが出来る。懲罰に関し必要な事項は会議規則中にこれを定めなければならない」とあり、被告議会の会議規則第七章「秩序及び懲罰」中には「第三十二条議員開議の後参会したとき又は開議中退席しようとするときは、議長にその理由を告げなければならない。第三十三条議長において、議員の所為がこの規則及び地方自治法の規定に違反し懲罰に当ると認めるときは、これを特別委員会の審査に付した後議会の議を経てこれを宣告する。委員会において懲罰の事犯があるときは、委員長はこれを議長に報告し処分を求めなければならない。議員は五人以上の賛成で懲罰の動議を提出することができる。この動議は事犯があつた日から三日以内に提出しなければならない」とあつて、議員懲罰の対象事犯の認定は一に之を議長に一任している。然し乍ら如何なる議員の所為がこの会議規則に違反するか否かは何等具体的表示がない以上、地方自治法の規定、国会に関する憲法及び国会法の規定を斟酌する以外にない。議会に懲罰権を与えた目的は、

(I) 議場における言論を公正に且つ秩序あらしめる議事の円滑な運営を期すること、

(II) 議員の言動が議会の品位及び権威を失墜することなきを期するものである。議会外の議員の言動が前記(II)に該当する事例は、(イ)議員の職務外の個人的非行、(ロ)議員が職務を行うに当り収賄の非行あること、(ハ)議員が議会自体の名誉を傷ける如き直接的言動を行つた場合等が考えられる。地方自治法第百三十四条に基く普通地方公共団体の会議規則は主として議会の運営に関する事項であるから、その懲罰事項も議会及び委員会における議場の秩序を保持するに必要な事項を規定すべく、議場外の議員の一般的行為を規定することは断じて出来ない。

(三)  前叙の見地より本件被告が原告に対し、前記事由を懲罰対象事犯としたことは全く意味なき決議であること明白である。また原告には被告主張の如き除名決議の事由に該当する事実は皆無である。被告は虚構の事実を故意に挙げて原告に対し除名懲罰決議をしたものであるから当然無効であるから、本件無効確認請求に及ぶと述べた。

被告の答弁に対する原告の主張として、答弁事実中、別子山村内に国有林が約五千八百町歩余り存在すること、及びその歴史的地理的事情が被告主張の如であること、昭和二十二年八月以来右国有林を巡つて交渉が続けられたこと、而して別子山村の恒久的財政樹立の方針として国有林千三百町歩を政府より安価に払下げて貰うため、又爾余の国有林中四国林業株式会社借受の日浦以東の借地につき前同様払下を受ける旨折衝するため、被告主張の如き村議会が開催され原告も当時村会議員として全面的賛成をし、交渉の特別委員に選ばれたことは争わないが、その余の事実は原告の主張事実に反するから否認する。

(一)  原告は村長及び特別委員等と共に国(高知営林局)に陳情した結果、現段階では国有林千三百町歩余の交換に因る払下げは既に成功して一応打切解決済みである。その第一の功労者は原告であり、その余の部分は交換すべき他の山林のない限り承認し得ない旨の確言があつた筈である。然るに別子山村はこの既定の事実に満足せず多額の金員を費し東京方面に出張奔走し、単に原告の企図を非難するに過ぎないのである。

(二)  原告の「仮称産業組合」は私案であり、被告議会の決定した基礎的方針と全面的に相違するものではない。別子山村の歴史的地理的且つ資源的特殊性より、全村一致で払下を得た千三百町歩余の土地は村有として動かすことは出来ないが、立木全部を村民特有財産とし合併後も当村専有とし、私案として全村民で組合(仮称別子産業組合)を作り、村民全体の社会事業として失業者防止と福利増進の授産事業を経営し、全村民(全組合員)に利益を平等配分し、生活安定に資すること、私案として村民各位の別の意見を聞き、多数賛成ならば代表して村議会、委員会及び村理事者の協力援助を得て実現を計りたい旨の意向を印刷物として村民に配布した迄で、別子山村々民の現状救済と将来の発展を希求し、原告が公僕として私心を去つて全体の奉仕者の責務を吐露したものである。同村が鉱区税の附加村税約壱千万円、四国林業より約弐百万円の各収入を得る収入村であるから文化厚生の増強による村民の生活安定のための原告の奉仕対策である。依つて同村の基礎計画を根本から覆すものでは絶対なく、被告議会の品位を甚しく傷つけ、国有林問題の一大障碍であるとの主張は全く出鱈目で意味がなく、その除名決議は全く理由ない違法があると陳述した。

(立証省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告の請求原因事実中、原告が被告議会の議員であること、昭和二十九年三月二十四日開催の被告議会本会議において原告のいう如き事由により、議員懲罰として原告に対し除名決議をし、その旨原告に通知したこと、及び原告指摘のような被告会議規則第七章の規定のあることは夫々これを認めるが、その余の事実は争う。

即ち、被告議会の原告に対する除名決議は下記の理由により適法且つ有効である。

(一)  国有林問題に付、

(I) 別子山村は峻険な山々に囲まれ、文化産業交通も遮られ、時世の進運から取残され、村民の活用すべき資源乏しく、僅かに別子銅山による労銀に依存し糊口をしのぐ実状である。反面、村内所在の国有林は約五千八百町歩の広大面積に及び、村は銅山廃坑時期も遠くないので村民福祉対策として昭和二十二年八月以来数度の折衝の結果、昭和二十五年九月十五日国から前記町歩を借受中の訴外四国林業株式会社との間にその借地国有林中千三百四反歩を交換により村が譲受ける旨の予約を締結し、翌昭和二十六年三月十五日国(高知営林局)の承認を得た上、新たに国と村との間に面積一二八九百六七二七(千三百町四十二歩)、用途植樹敷料金百当り年額四拾円五拾九銭、期間昭和二十六年三月十五日より昭和七十六年三月十五日迄五十年間(昭和二十六年度以降約五十分の一宛を毎年末返地すること)とする賃借契約が成立し現在に至つている。

(II) 然るに同年六月二十三日国有林野整備臨時措置法が公布され、「国有林野で国が経営することを必要としないものを当該国有林野を適正に経営することが出来ると認められる地方公共団体、その他の者に売り払い、又はその者の民有林野と交換することが出来る」旨規定され、その売払い又は交換の優先順位は「当該国有林の所在する市町村」を第一とする旨定められた(同法第一条第一、二項)従て村は同法に基く恒久的な財政樹立方針として、昭和二十八年十一月二十五日被告議会における次の協議事項、即ち(イ)現在借地する国有林千三百町歩は百万円以下の価格で政府から村へ売払つて貰うこと、(ロ)爾余の国有林で現在四国林業株式会社の借受中の日浦以東約二千五百町歩も同時に村へ払下げを受けること、及び右の基本方針につき当局と強力折衝する旨の計画が成立し、同時に右交渉のため原告外五名をその特別委員に選出した。爾来村長及び特別委員が幾度か高知営林局長に陳情し、目的達成に不断の努力をし、いまなお未解決のまま折衝中である。

(III) 本件国有林問題は村の地理的資源的沿革に照らし村の経済自立の根幹として村民全体の将来の存亡にかゝる村政中最も重要且つ困難な政策の一つであり、村民全体が一致協力して村の決定した基礎的方針に基き努力傾倒しなければ、到底目的達成はしえないに拘らず、原告は村会議員として賛成し、特別委員として当局と折衝中に拘らず、裏面で先に決定した村の基礎的方針と全く相反する組合組織に依る国有林の施業計画を樹て、原告自ら発起人となり町村合併問題とからみ産業組合による施業計画なるものを印刷物とし村民全体に頒布公表した。

(IV) 右印刷物の内容が村の既定計画を阻害する事項は(一)国有林は村自体が払下を受ける点に可能性が認められるのに、産業組合組織を以て計画したこと、(二)村はこの他日浦以東二千五百町歩の譲受けを計画していること、(三)未だ右千三百町歩の払下も具体的決定を見ず発表の時期でないのに恰も払下確定したかの如く公表し産業組合の発起勧誘したこと、(四)右地上立木を組合特有財産とし営林事業を行い経営上の必要諸費用は村から助成金として下附を受けること、(五)組合経営による利益は全組合員に平等配分し組合員の生活安定を計ること、(六)組合結成に賛成する者は申込書に記入申込むこと、及び賛否不明の者は組合より除外すること等がこれである。右組合計画は村の基礎的計画を根本から覆すこと明かで、前記臨時措置法の建前から事前に公表されると、二千五百町歩は勿論千三百町歩の払下も実現困難な事態に陥入るとも限らない。事実右印刷物を得た村民の内には右計画が村の基礎的方針による具体的施業だと誤信し申込をしたが、後日そうでないことが判つて申込を撤回した者もある。

(V) 被告議会は右印刷物の頒布を知り原告の行動を重大視し、昭和二十九年三月二十三日国有林特別委員会を開催し、村長及び他委員から村の既定計画を阻害し村政を乱るから右印刷物を反省の上撤回して貰いたい趣旨の勧告を行つたが、原告は個人的立場で行動したから他人の干渉は受けない。議場外では個人の自由である。議場内と議場外の意思表示は正反対でも支障ない。右印刷物の配布は絶対撤回しないと反抗強弁したので右委員会は已むなく閉会した。原告には翌二十四日緊急村会議を開催する旨、二名の特別委員を派し再度反省を促したが依然態度を改めなかつた。翌二十四日右緊急本議会に原告の出席なく、議長は使者を以て出席を求めたが、原告は病気と称し出席を拒んだので予定より遅れ原告欠席のまゝ本会議を行い出席議員全部が原告の裏切行為を非難し、和田秋広外四名からの原告懲罰動議に附し全員賛成の上、五名の懲罰特別委員を選出審議の結果、原告主張の如き理由で原告除名決議を満場一致で決定した。

(二)  除名決議の適否に付、

(I) 地方自治法第百三十四条及び会議規則に議員の懲罰を規定したのは、議会の秩序を維持し、その運営を円滑にする趣旨である。勿論議会の運営と全く関係のない個人的行為(詐欺、横領等刑罰行為)は同条の懲罰事由にならないが、議員懲罰権は議会自体の秩序を維持し、その権威を保つための紀律権である以上議会外の議員の言動でもそれが議会自体を非謗しその品位権威を傷つける行為は、議会の存立、活動に密接な関連を有し、その存立活動を妨げ引いて議会の権威を害するものには懲罰を行いうる。

前記原告の印刷物頒布の所為は議会の多数意見による議決を無視し国有林問題の具体化に即応し議会が将来益々機能を発揮する段階に際し、その議事の運営を阻害した。殊に議員は全体の奉仕者として職務を尽すべき立場にあり乍ら、原告個人の立場からその行動は他人から干渉されないと放言したことは地方自治法第百三十二条に「無礼の言葉」に該当し、昭和二十九年三月二十四日本会議に正当の理由なく招集に応じなかつたことは同法第百三十七条に違反する。以上原告の行動は前記総ての事由により、議会の運営に重大な影響を及ぼし、その品位を甚しく傷つけたから、右諸事情を綜合勘案した原告の本件非行に対する除名決議は何等違法なく、原告が単に地方自治法第百三十四条の規定及び会議規則の規定を表面解釈をし、又原告の所為が議場外の行為であることを理由とする本訴除名決議無効確認の請求は理由がない。

(II) 仮に本件除名決議が違法であつても、原告の村議会議員の任期は昭和三十年四月三日を以て満了し、当然訴の利益を失うに至るのみでなく、本件処分の無効(又は取消)の宣言をすることは本件一切の事情を考慮して公共の福祉に適合しないから、行政事件訴訟特例法第十一条に因り本訴請求を棄却すべきであると述べ、原告の主張事実中従前の被告の主張に反する部分は否認すると陳述した。

(立証省略)

理由

原告が被告議会の議員であること、被告議会が昭和二十九年三月二十四日開催の本会議において議員懲罰として、原告主張の如き理由を掲げて原告に対し除名決議をした上、その処分を原告に通知したこと、及び原告指摘のような被告議会々議規則第七章の規定のあること、被告村内に国有林が約五千八百町歩余あること、その歴史的地理的事情が被告主張の如くであること、昭和二十二年八月以来右国有林を巡つて交渉が続けられたこと、而して別子山村の恒久的財政樹立の方針として国有林千三百町歩を政府より安価で払下げて貰うため、又爾余の国有林中四国林業株式会社が借受の日浦以東の借地を、前同様払下げを受ける旨折衝するため、被告主張の如き村議会が開催され、原告も当時村会議員として右に全面的に賛成しその交渉のため選ばれた特別委員であつたことは夫々当事者間に争がない。

先づ本件地方議会の懲罰決議の性質につき案ずるにもともと地方議会は地方行政の衝に当る地方公共団体の意思決定機関であるからその機能を全うすため自己の有す紀律権に基き、その構成員が議会自体の秩序を維持し権威を保ち、その運営を円滑ならしめる機能を失墜せしめた場合には懲罰決議を行いうるところ、本件被告議会々議規則第七章第三十三条には「議長において議員の所為がこの規則及び地方自治法の規定に違反し懲罰に当ると認めるときは特別委員会の審査に付した後議会の議を経てこれを宣告する」旨規定されていることは当事者間に争がない。従てその議員懲罰の対象事犯の認定は一に包括的に之を議長に一任して、右議会の自律権に基く懲罰事犯の認定と其範囲は一応当該議会の自由裁量権の範囲に任されているが、かゝる場合にもその懲罰事犯の認定及びこれに対し如何なる懲罰を科するかは常に社会通念に照し客観的に内在する標準があり、その恣意に委ねられるものではなく、その具体的事例の判断に当つては地方自治法その他類似の懲罰規定(例えば国会法、衆議院規則、参議院規則)が斟酌されることは寔に原告所論の通りである。

次に議院外の議員の個人的行為が右懲罰権の対象となるか否かを判断するに、勿論懲罰権が議会自体の秩序を維持しその権威を持ちその運営を円滑ならしめる目的のものである以上、議会内の行為がその対象となるのは明白であるが、その他少くとも右議会の存立活動と密接な関連を有する議会外の行為でも、その議会の活動を妨げ強いてその権威を失墜せしめる行為、即ち直接的に議会の権威保持の必要性に抵触する場合(直接相当因果関係ある場合)までは含み右限度を超える間接的若くは無関係な個人的非行にまでは及ばないと解する。

仍て本件懲罰事由に該当する事実の存否を判断するに、別子山村の歴史的地理的事情が被告主張の如くであり、同村が村民福祉対策として国有林千三百町歩の払下を受けるほか、訴外四国林業株式会社借受中の日浦以東約二千五百町歩も国より払下を受ける旨の村の基本方針を決定し、原告もその特別委員に選出されたことは当事者間に争ないところ、成立に争のない甲第一号証、同第二号証の一、二、同第三号証、乙第二号証、同第三号証の一、二同第四号証、同第五号証の一及び証人坂田勘太郎の証言により真正に成立したと認められる乙第五号証の二、三並に証人山内正勝、同坂田勘太郎、同安藤忠、同和田義明の各証言、及び原告本人(但後記認定に反する部分を除く)、被告代表者本人尋問の各結果を綜合すれば、同村は国有林問題が同村の経済自立の根幹として、村民の将来に影響する重要な政策の一つである程の地理的、資源的事情にあるところ、前記払下協議についても原告は出席し満場一致の賛成で可決され、以来幾度か国(高知営林局)に交渉した結果、昭和二十八年十二月二十日頃原告は辛じて千三百町歩の限度で訴外四国林業株式会社の社有地と交換により払下を受けることに話が進み、その旨村議会に報告したが、この外未だ爾余の日浦以東の払下げ交渉にも努力することが村議会の方針であつた。而るに原告は前記事情を知り乍ら当時未だ折衝進行の過程にある折、村議会若くは国有林特別委員会に予め了解を得ることなく、突如後記の如き印刷物(甲第二号証の一、二乙第三号証の一、二)を村民に配布したこと、従てその後(除名決議後)西条営林局において交換すべき四国林業株式会社、別子山村理事者、高知営林局長の各立会の上交換折衝し、その払下を受くべき国有林土地は千五百四十七町歩に増加したこと、而も営林局では前記土地につき審理整理の段階で大蔵省への協議をすることになるに至つた時期であるから、原告の印刷物配布当時及び除名決議当時は、右国有林問題は未解決の状態にあつたというべきである。前記認定に反する原告本人尋問の結果は措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。

而して印刷物の内容に付、原告は私案であり、別子山村の決定した基礎的方針と相反しない旨主張するので按ずるに、前掲判示各証拠を綜合すれば、右印刷物配布の発起人は原告を含む十名のものであつてその内村議員であり且つ国有林特別委員であるのは原告一人に過ぎぬところ、その内容は組合組織(仮称別子山産業組合)による利益配分という村の基本方針と異なる組織経営機構により、且つ「賛否不明のものは残念ながら組合より除外する」旨の記載を以て申込書を添付し組合創立に必要な事項交渉は発起人に一任する旨のものであること、而して国有林の経営は村が主体となつて経営する方針であり、その利益は全村民のため村の財政的基礎とし将来の公共事業費に計上する予定であることを認めることができ、原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用し難く他に原告の全立証によるも之を覆すことは出来ない。従つて右印刷物は私案であつて原告が失業防止と村民の現実的利益配分を考慮した村民福利の方策として考案したとしてもその両者はその受益者の範囲機能、目的、費用の用途等の点において総て全く異るものであり結局原告の右私案は本件別子山村の基本方針と異るものと謂うべきである。従つてこの点に関する原告の主張は採用し難い。

而して更に前示各資料によれば右の次第によつて被告議会は前記原告の印刷物頒布の行為を知りこれを重大視し昭和二十九年三月二十三日国有林特別委員会を招集し原告の行動を非難し右村の方針と異る印刷物の撤回を促したが、原告は個人の立場で行動したから絶対に撤回しないと弁じたので、右委員会は閉会の已むなきに至つた而して翌二十四日村の方針と異る結果となる原告の行動につき、緊急村議会を開催したが原告の出席なく、使者が原告方に出頭及び懲罰動議の出る旨を連絡したが、原告は病気及び陳謝の必要もないとして出席を拒んだので、已むなく右本議会は右再度の反省と印刷物撤回の措置をとらない原告に対し懲罰の動議を提出し、このため五名の懲罰特別委員により審議の結果、右委員会の意見として、原告主張の如き理由による除名決議が、出席議員(十二名)の全員一致を以て決定されたことを認定し得る。原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は採用し難く他に之を動かすに足る証拠はない。惟うに右は元来一議員の一存のみではよくし得ない村の存亡にかゝる重要政策であるから、村民から選ばれた議員全体の多数決により慎重に決すべき問題で、同村の既定方針は何等不正行為ではないに拘らず、その折衝途上において原告が採つた前記印刷物配布に関する一連の行為は、議会軽視の態度と将来のため挙村一致で当るべき村政の進行につき、弊害があるので原告の将来をいましめるための措置であつたというべく、仮令前記所為が議会外の行為であつても、直接議会の存立と品位を傷け、その将来の運営を阻害する密接な関連のある所為であつたから原告はこれ等行為の是非を反省撤回すべきであつたのに、この挙に出なかつたのは懲罰理由に付する事実が存在したものと判断するを相当とする。

然らば前記懲戒事犯に付、除名処分に付するのが相当であつたか否かを判断するに、議員懲罰権は議会における議事運営の円滑と審議の公正を期し、議会の議決の信用と権威を維持するための手段であり、それが議員たる地位の剥奪を伴う除名処分はその最たるものであるからその行使は慎重に判断して決せられるべきものであり、その反面右は又地方議会の自由紀律権に基く裁量的制裁である点を考慮して、その除名処分の当否は具体的事案に即し、事案の動機、目的、重要性の程度、及びその非行の態容、その時期、将来の議会運営の難易、並に被処分者の地位、職務内容、それに基く分限の程度改悛度、その他一切の事情を考慮して決せられるべきもので、該処分事由がないのに処分をし、またその瑕疵が重大にして且つ明白な場合には該処分は無効なることを確定さるべく、若くは著しく不当且つ甚しく正義に反する場合にのみ該処分は取消さるべきであるがそこで成立に争いのない乙第五号証の一及び証人坂田勘太郎の証言の結果真正に成立したと認められる乙第五号証の二、三並に証人坂田勘太郎、同安藤忠、同和田義明の各証言及び被告代表者本人尋問の結果によれば、原告は被告議会の議員であり、且つ国有林特別委員であり乍ら、村議会で決した村政の重要問題につきその議会の基本方針を知覚し乍ら、挙村一致で臨むべき議会の公正な運営に対する足並を乱す印刷物を配布し、村民の一部に議会の方針の如き観を抱かしめたこともあること、及び当時国有林問題は折衝中であつた上、国有林野整備臨時措置法第一条第二項には交換譲受けの優先順位は市町村が第一とされているから、原告の印刷物で主張する如き産業組合組織による利益分配なることが国に知れると多かれ少なかれ同村の以後の交渉の困難が予想された事情にあつたこと、而してその後も原告は何等印刷物の撤回及び反省をしなかつたので、除名決議に附されたことを認定し得る。原告本人尋問の結果中前記認定に反する部分は措信し難い。従つて之等の事情を考え合せれば結局原告の所為は被告議会の品位及び権威を失墜せしめたものと謂うべきである。してみると、被告議会が地方自治法第百三十五条第一項に規定する懲罰の種類に照し、原告に対し戒告、陳謝又は出席停止はその効なく、除名処分に附するを相当と判断して該処分に附したことは若干妥当を欠くうらみなしとするも已むを得ない処置であつて、前記理由に照し、条理又は社会通念上、全く恣意に基きその紀律裁量権行使の範囲を逸脱し著しく不当であり、甚しく正義に反するものと迄も判断されず、寧ろ基本的事実関係自体、その裁量権の範囲内の処分に止まるものであるからその処置を全く誤つたものとは云えないと云うべきである。従つて被告議会の除名決議には明白且重大な瑕疵は勿論取消すべき瑕疵もないものと謂うべきであるから該決議の無効確認を求める原告の請求は既にこの点で理由がないというべきである。

依て原告の本訴請求は爾余の点を判断する迄もなく失当であるからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 伊東甲子一 橘盛行 清水嘉明)

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